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2016年2月 9日 (火)

【竹島問題】 大ホラ吹き漁師の「安龍福 」も偶像化。嘘を真実にしようとする韓国

嘘の証言で、像を作り、既成事化していく・・・と言っても慰安婦問題の事ではなくて、

今日は、安龍福についてまとめてみます。

人さし指日本ではあまり知られていないけど、韓国では教科書にも出ている英雄なんですよふらふら

竹島問題にも影響を及ぼしている漁夫の安龍福(しかも大ホラ吹き)は、今や「将軍」として像や祀堂まで造られています。

《鬱陸島で見た!~竹島・溝は埋まったか~【TSKスーパーニューススペシャル 】(後編) ③④⑤》2012年8月28日

・・釜山トュクベツ?市1600年代後半、ここで活動していた朝鮮の英雄がいる。安龍福(アン・ヨンボク)。

21

朝鮮王朝の記録によると、安は「竹島を朝鮮領だと日本に認めさせた人物とされ、韓国では教科書にも登場する英雄だ。 

一方、日本には安が訪日したとの記述はあるが、竹島を朝鮮領だと認めさせたなどという記録はなく、幕府や藩の要人に会った事も疑わしいとされている。 

しかし、アン・ヨンボクは韓国では英雄だ。釜山には自治体が建設したアン・ヨンボクを祀る公園まであるほどだ。・・

「安龍福」を知らない人はザックリ読んで下さい右

 発信竹島 ~真の日韓親善に向けて~ :   第1部「安龍福」-江戸時代-(2)キーマン登場

 禁破り日朝関係に波紋 下條正男・拓殖大教授に聞く
 米子の村川家の船頭たちと朝鮮人の漁民たちの遭遇で幕を開けた、鬱陵島をめぐる日朝間の「領土紛争劇」は翌年の1693年、第2ラウンドに突入する。そして、いよいよキーマンである安龍福が登場する。

 -1693年、年番に当たっていた大谷家の船頭たちが、鬱陵島から朝鮮人を連れ帰る経緯は。
 「大谷家の船頭たちは、村川家から前年の朝鮮人の漁民との遭遇を聞いており、警戒しながら島に近付くと、船や大量の干したアワビ、ワカメなどだけでなく、漁をしている朝鮮人を発見した。その中に安龍福と朴於屯という人物がいた」

 「村川家の抗議にもかかわらず、再び朝鮮人が島に渡っていたことに、鬱陵島は日本領と認識していた大谷家の船頭たちは、強い危機感を持った。このため、安と朴の二人を連れ帰り、幕府の裁定を仰ぐことにした」

 -鳥取藩での扱いは。
 「『竹島考』や鳥取藩の『池田家御櫓日記』などによると、鳥取藩は二人を大谷九右衛門宅に”軟禁”する一方、幕府に指示を仰いだ。その間、安は気晴らしに外出したいと言ったが、許されず、支給する酒も一日三升以下と定められた。その後、幕府から二人に以後、鬱陵島に渡らないよう厳命し、長崎に護送するよう指示があった。その前に鳥取城下に移されたが、安が強暴との理由で市中での見物も禁止された」

 「ただ、鳥取藩は長崎へ移送の際も約90人を随行させるなど、二人を『異客』として扱った。道中の食事も『一汁七菜』を出し、もてなした。鎖国下で外国人の扱いが分からず、持て余したというのが実態だろう。だが、その厚遇が後々、安を勘違いさせ、領土問題を混迷させる一因となる」

 -一方、幕府に二人を長崎で引き取って送還するとともに、朝鮮政府に越境を抗議するよう命じられた対馬藩の扱いは。
 「日本側の対朝外交の窓口だった対馬藩は鳥取藩と違い、外国との交渉に精通しており、鬱陵島は日本領との幕府の見解に基づき、二人を罪人として扱った朝鮮政府に対しても、対馬藩主・宗義倫の書簡で、速やかに各地に政令を発し、漁民たちの渡海を禁じるよう求めている

 -朝鮮政府の対応は。
 「対馬藩が渡海禁止の徹底を要請した竹島が、朝鮮領の鬱陵島であるのを認識しつつ、当初は重大問題とせずに放置すれば、自然に解決するとの考えだった。背景には、鬱陵島は空島政策を取っているため、渡海を禁じても実害がなく、その帰属問題で争うのは得策でないとの判断が働いた」

 「そこで、釜山にあった対馬藩の出先事務所である倭館に所属する朝鮮人通訳との話し合いで考案されたのが、同じ島である鬱陵島と竹島を別々の島とする彌縫(びほう)策。双方が納得の上での処置で、その方針に基づいて早期に決着する見通しだった」(05/07/27)

 発信竹島 ~真の日韓親善に向けて~ :   第1部「安龍福」-江戸時代-(3)虚言家の片鱗

二転三転する証言内容 下條正男・拓殖大教授に聞く
 そもそも、1693年に日本に連行され、日朝関係を緊迫させた安龍福とはいかなる人物で、どのような証言を残しているのか。史実をひもとくと、韓国で現在、英雄視される人物像とはほど遠い、「虚言家」の片鱗(へんりん)が見え隠れする。

 -安龍福が鬱陵島に渡った目的は。
 「鬱陵島で遭遇した大谷家の船頭には『官命でアワビを捕獲しに来た』と語っている。ところが、尋問した対馬藩から長崎奉行に提出された『朝鮮人口上書』によると、安はアワビ、ワカメを採って稼ぐためと説明。さらに朝鮮に送還後は、魚を買うため、朝鮮半島沿岸の蔚珍(ウルチン)から三陟(サムチョク)に向かう際、嵐に遭って鬱陵島に漂着したと強調し、証言が二転三転している」

 -その理由は。
 「保身のためだ。例えば、朝鮮政府での供述は、鬱陵島への渡海が当時禁じられていたことから、不可抗力による遭難とすれば、罪が軽くなるとの思惑があった。大谷家に対する証言も同じ狙い。官命とすることで、自身の行動を正当化し、穏便な処置で済むように画策したのではないか」

-真相は。

「対馬藩への供述通りに漁労目的だと思う。朝鮮の事情に詳しく、同政府の渡海禁止令も知っていた対馬藩では、正直に話すしかなかったのではないか。安と一緒に日本に連行された朴於屯の家族も朝鮮政府の地方機関に、漁のために鬱陵島に渡ったところ、日本の漁民(大谷家)に連れ去られたと訴え出ている

 -朝鮮政府は1417年以降、鬱陵島の空島政策を続けていたのでは。
 「政府の力が弱まって統制が効かなくなり、政策も有名無実化していた。アワビや朝鮮ニンジンなどを採る漁労や薬材を目当てに、多くの人が禁を破って渡っていたことも分かっている。発見される度に連れ出されたが、村川、大谷両家が朝鮮人と遭遇した1690年代以降は、渡海する人が絶えなかった。安が鬱陵島に渡ったのも、アワビやワカメがたくさん採れるといううわさが、朝鮮半島沿岸に広まっていたからだ。また、政府の重税などを嫌って逃げ込んだ人々もいた」

 -安の身分は。
 「着けていた身分を示す認識票は、軍兵が所持しているものだった、それによると、赤ら顔で、ややひげが生え、体に傷はなかった。所属は、釜山にあった水軍。認識票の表面には、奴隷階級であることを示す記述もあった。年齢は36歳。しかし、鬱陵島で遭遇した大谷家の船頭には42歳と語っており、ここでも、虚勢を張りたがる安の性格が表れている」

 -当初、鬱陵島の領有権をめぐる江戸幕府との領土紛争を回避しようとした朝鮮政府は、きっかけを作った二人をどう扱おうとしたのか。
 「渡海禁止令を破った罪人であり、日本との外交摩擦も起こし、法律に従って罰する方針だった。ところが、朝鮮政府内の権力闘争、政権交代で事態は混迷を深める」・・・

まっ、そんな人物なんですが・・・

なんと今では、バンクの「安龍福プロジェクト」というのまであるそうようです!右

欧州の地図大手、鬱陵島も日本領土に表記2004年07月20日

欧州のオンライン地図大手「マルチマップ(www.multimap.com)」が、独島(ドクト、日本名・竹島)だけでなく鬱陵島(ウルルンド)まで日本領土に表記し、問題となっている。こうした事実は、小中学生のネチズン約1万2000人と海外会員およそ3000人からなるサイバー外交使節団「バンク」www.prkorea.com)が最近、独島・竹島を併記した有名サイトあてに抗議メールを送り訂正を求める「安龍福(アン・ヨンンボック)プロジェクト」 を繰り広げる過程で発見されたもの。 ・・・

そしてお決まりの小説にも!映画化決定ですかね?右

独島領有権守った漁夫・安龍福が小説に2015年10月19日

・・・ 安龍福は生没年度がよく分かっていない。関連資料も多くない小説は安龍福の父親と妻子が日本人の密貿易人に殺害される緊迫したエピソードから始まる。鬱陵島(ウルルンド)と独島を虎視耽々と狙っていた対馬島主の娘で、男装をしたまま釜山(プサン)の東莱府(トンネフ)の倭館責任者の妻子として来ていた女性と安龍福の間の国境を超えた恋情も描かれている。粛宗は陰で安龍福を支援する。実際の歴史を軸に想像力を豊かに加味した「ファクション」だ。

  ファン氏は粛宗が独島問題に積極的に介入したという小説の設定について「残っている記録はないが、安龍福が日本に2度行ってきた後、200年間、日本は独島に関する限り静かだった。安龍福個人でなく朝鮮朝廷次元である種の役割を果たした可能性があるとみている」と話した。
・・

将軍ではないのは知ってる人は知っているわけですが右

【噴水台】安龍福2005年02月25日

・・  安龍福は日本のこうした主張に、歴史記録などを前面に出しながら反論し、日本の徳川幕府から鬱陵島と独島は朝鮮の領土という覚書(書契)を受けた英雄だ。 彼の業績を称えて、鬱陵島道洞(ドドン)に「安龍福将軍忠魂碑」が建てられている。 しかし彼は将軍ではなかったし、記録によると私奴出身だった。 

  安龍福は1693年、鬱陵島でアワビを採っているところ、日本に連れて行かれたと知られている。 記録上で韓国と日本が鬱陵島・独島をめぐり対立した初めて事件だ。 安龍福は日本幕府から鬱陵島と独島が朝鮮の土地という覚書を受けたが、帰途に対馬島主にこの文書を強奪される。3年後、安龍福はまた日本に渡る。今度は鬱陵島・独島監税将(租税担当官吏で、実際には存在しない官名)として振る舞い、幕府の書簡を再度取り出す。 独島が朝鮮の領土であることを認める日本の最初の公文書だ。しかし安龍福は帰国後、官吏を詐称した罪で処罰された。

  日本島根大の内藤正中名誉教授が昨年末に発表した論文によると、日本政府は過去に2度、公式的に「独島は日本の領土でない」と明らかにした。 そのうちの一つが安龍福事件に関連した1695年の文書だ。にもかかわらず日本の島根県は2月22日を「竹島の日」に定めて独島領有権を主張し、一昨日には駐韓日本大使が「独島は歴史的、法的に明らかに日本の領土」という妄言を吐いた。 300余年前、安龍福将軍が成し遂げた業績を守ることができずにいるわれわれの姿が恥ずかしい。

「512年以降、ずっとわれわれの領土だった独島」なんてさりげなく大嘘書いてるし右

【噴水台】独島と過去史2005年02月28日

・・  #過去3:粛宗(スクジョン)22年の1696年、東莱(トンレ)出身の安龍福(アン・ヨンボック)ら16人の漁夫が鬱陵島へ行った。そこに並んだ日本の漁船と漁夫らを見て、安龍福は「われわれの土地に堂々と倭人が…」として怒りを表した。倭人らは「われわれはもともと松島(独島)に住むが、魚を獲りに来てこうなった」と語った。独島は日本の領土ということだ。

  #過去4:光海君(クァンヘグン)10年(1618年)、日本の徳川幕府は島根県の大谷家と村川家に80年間、鬱陵島渡海免許権を認めた。当時、朝鮮の「空島政策」で鬱陵島は無人の状態だった。そのスキを狙って、島で伐木し魚を獲れと「泥棒」許可を出したのだ。その過程で、独島は日本の船が自由に出入りする「鬱陵島搾取の前進基地」になった。

  イ・スグァンの芝峰類説(チブンユソル)にも壬辰倭乱(文禄の役)後に収奪される記録が出てくる。

  新羅(シルラ)智証王(チジュンワン)時の512年以降、ずっとわれわれの領土だった独島に対する日本の欲望はこのように執ようだった。今日では駐韓日本大使がソウルの真ん中で「独島は日本の領土」と、記者会見まで行っている。にもかかわらず政府の「独島外交」は頼りなく見える。「国際司法裁判所へ行ってはならない」として葛藤拡散を防ぐのに汲々としている。こうした微温的な態度がむしろ、韓国領・独島に対する国際的疑心を招かないか心配だ。 ・・

安龍福が「整然とした理論」云々、英雄化右

【噴水台】鬱陵島番人2011年08月01日

・・こうした混乱を断ち切って鬱陵島に対する朝鮮の所有権を確立した人がいた。 死後に将軍にまで推戴された安龍福(アン・ヨンボク)という漁夫だ。 日本との往来が多かった東莱(トンレ)で育ったおかげで日本語がうまかった安龍福は1693年、鬱陵島で操業中だった日本の漁夫に捕まり、島根県隠岐島に連れて行かれた。 囚われの身だったが、安龍福は終始堂々としていた。 安龍福は整然とした論理で日本幕府と談判し、鬱陵島が朝鮮の地であることを認めさせた後、これに対する証明書まで受け取った。 独島(ドクト、日本名・竹島)とは違い、鬱陵島の領有権に対しては日本側が挑発してこないのも、安龍福という人物がいたおかげということだ。 柳致環(ユ・チファン)の「鬱陵島」詩碑と安龍福忠魂碑はこの島の薬水公園に並んでいる。

  日本自民党議員が独島領有権問題を穿り返そうと1日、鬱陵島訪問するという。 政府側はこの議員らを空港で送り返すことにしたようだ。 独島事態がどう進むのかは知らないが、過去に漁夫の忠節が鬱陵島を守ったように国民個々人の努力が独島守護のもとになるという点ははっきりと見える。

このコラムは意味不明右

【コラム】ごめん、愛してる、独島よ!(2)2012/08/30

・・・  そうだ。私たちにはいつも愚かな政府の代わりに優秀な民間人がいた。民間人が独島を守った。異斯夫と安龍福(アン・ヨンボク)と独島守備隊、そして数年前に米議会図書館の目録でリアンクール岩石に変わるところだった独島の名前を守ったカナダ同胞司書キム・ハナ氏、ニューヨークに独島を盗んで逃げる覆面強盗の広報物を設置したイ・ジェソク氏、多くの地図と資料を集めたイ・ジョンハク独島博物館館長と崔書勉先生まで。

  机の前に独島の写真を貼る。暇があれば眺めるために。独島、一度も行ったことがない私たちの領土!猛烈な青い波の向こうに強靭な根を下ろした岩の塊り、ここに私がこれほど熱い愛情を抱いていたということを確認すると当惑する。春にアオツヅラフジとキンポウゲの花が咲き、夏にはギシギシの薄緑色の花とナデシコの赤の花が姿を現し、秋は王海菊の紫色の花が絶えず咲くという土地!(キム・タクファン著『独島評伝』参照)

  日本に向かう怒りと興奮の代わりに、私たちは少なくとも君がなぜ私たちの領土かを沈着に説明できる人になる。これ以上、君の運命を他人の手に任せることはできない。子どもたちを修学旅行に送ったり、貨幣に印刷したり、独島守護委員会を設置したりして、私はもう君を忘れない。私たちは手の中に入った宝物の貴重さも知らずに冷遇した。その罪が天を突き刺す。ごめん、愛してる、独島よ!
 
            

このへんになると英雄化のほぼ完成形ですかね?右

「独島は朝鮮の土地」…日本から確認受けた「安龍福」記念館開館2013年10月08日

慶尚北道鬱陵郡(キョンサンブクド・ウルルングン)は8日、安龍福(アン・ヨンポク)記念館を開館する。鬱陵郡北面天府里(プクミョン・チョンブリ)約2万7000平方メートル(約8200坪)の場所にある記念館は、国費など150億ウォン(約13億5000万円)をかけて地下1階、地上2階で建てられた。韓日両国に残っている安龍福記録展示室と映像室・教育館などを備えた。外部には銅像と霊廟・独島(ドクト)展望台などが建てられた。記念館の位置からは、晴れた日には肉眼で独島が見える。

  漁夫の安龍福は1693年、鬱陵島近郊で漁業をしていて見つけた日本漁民を問い詰めたところ日本に連行されていった。この時、江戸幕府などに独島と鬱陵島が自分たちの土地であることを主張した。幕府は鬱陵島・独島が朝鮮領土であることを確認する書契(外交文書)を書いた。イ・スンジン記念館長(56)は「歴史をわい曲したという誤解を生じないよう日本の資料を忠実に展示した」と話している。

つまり、安龍福は典型的な朝鮮人ということ右

《崔基鎬氏「なぜ朝鮮人は嘘をつくのか。『もしも』で作る歴史」 【チャンネル桜】》

偽証罪は日本人の671倍、虚偽申告罪は4151倍

人さし指さて、今回は「安龍福」に絞り記録しましたが、ここまでは長い前置き^^;

冒頭、「安龍福」将軍の画像で紹介した、10年前は全く知識のなかった私が「竹島問題」に興味を持つきっかけになった、山陰のローカル番組(竹島特集)が、物凄くわかりやすいので、次の記事で紹介します右

鬱陸島で見た!~竹島・溝は埋まったか~【TSKスーパーニューススペシャル 】を見て2012年8月27日

・・在京テレビは、2年目からの竹島の日の式典を完全無視。韓国側のアクションがあった時のみちょっとだけ報道という姿勢に私は怒りを覚え、山陰のローカルニュースの報道を記録し続けています。

とは言っても、私が竹島問題をしっかり捉え始めたのは6年前。

あるローカルニュースの特別番組を見て凄い衝撃を覚えたのがきっかけでした。

特に、「凄いー!」と思ったのは下條教授の最強っぷり。あと韓国人研究者たちの火病っぷり。

その番組、『TSKスーパーニューススペシャル 鬱陸島で見た!~竹島・溝は埋まったか~』は、

 島根県の竹島問題研究会のメンバーたちが鬱陵島に行き、海上、独島博物館、安龍福将軍記念公園などを視察し、韓国の独島研究者との意見交換をのやり取りの記録と検証の映像。

韓国人と建設的な議論は絶対に無理だわ!と気付いた瞬間でした。

で、その映像をずーっと探していたんですが、見つからず諦めていたところ、

8/22日に、ごまちゃんさんからの初コメで「以前さくらにゃんさんがブログで仰っていた、5・6年前に山陰ローカルでやっていた特番ってこれですかね?」と教えて頂き、大感激!

うれしさの勢いで、コツコツ夜なべして文字起ししちゃいました。動画の方だけでも是非見て下さい!いや絶対ご覧ください(笑)

ちょっと長いので前編・後編に分けましたが、動画を見れない方は読んで下さいね。

韓国側の主張の根拠が崩れる様が痛快です。

前編 を読む  

①于山島=竹嶼かという仮定の説明と検証・竹島問題研究会の洋上視察

②独島博物館の捏造と韓国研究者の火病 

後編 を読む

③日韓意見交換会と中井養三郎の(竹島は韓国領との)誤認識と検証資料 

④安龍福将軍を称える公園視察 

⑤竹島問題研究会のまとめ

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コメント

韓国は、日本だけでなく欧米にもケンカを売っているみたいですhttp://www.youtube.com/watch?v=7S7gzH
そして、朝鮮統一シナリオが面白いですhttp://www.youtube.com/watch?v=h6LSoO

すいません打ち直しますhttp://www.youtube.com/watch?v=_h6LSoO

再三打ち直ししてすいませんhttp://www.youtube.com/watch?v=7S7gzHdqp

再三打ち直ししてすいません。機械調子悪くてすいませんhttp://www.youtube.com/watch?v=7S7gzHdqpDK
http://www.youtube.com/watch?v=_h6LSoC76kg

すいませんhttp://www.youtube.com/watch?v=7S7gzHdqpDk
本当に機械調子悪くてすいません

●呆れた さん
>韓国は、日本だけでなく欧米にもケンカを売っているみたいです

言論弾圧国家だと白状しているようなものですね。
あと、動画紹介、できれば記事の内容に沿ったものがありがたいです^^;

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