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« 辛淑玉氏、東京 MX「ニュース女子」をBPOに申し入れ。その見解に唖然 & シンスゴが過去にやっていた日本人ヘイト番組「痛快!おんな組」 | トップページ | 【朝日ニュースター】辛淑玉司会番組(2009年放映) <韓国特集> 「在日コリアンの100年」 後半 【痛快!おんな組】 »

2017年1月28日 (土)

【朝日ニュースター】辛淑玉司会番組(2009年放映) <韓国特集> 「在日コリアンの100年」 前半 【痛快!おんな組】

前記事で、辛淑玉氏の日本人ヘイト番組を紹介しましたが、

その番組で特集していた「在日コリアンの歴史」を、この際少し手直しして再掲します。

(前半は「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説。戦時中・後の朝鮮人の生活。炭鉱事故の事、関東大震災の時の事件、創氏改名などのレポートとアンジュングンと伊藤博文の話など)

これは、私が2009年にブログを始めてすぐに書き起こししたもので、歴史面でまだはお花畑に片足突っ込んでる状態sweat02

その時は5回に分けて記事にしたけど、今回は前半・後半の2回にしました。

今読み返すと当時の私の感想がユルユルです(苦笑)にほんブログ村 テレビブログへ

<韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その1 【痛快!おんな組】2009年5月22日 

朝日ニュースター【痛快!おんな組】<韓国特集> 「」のレポートです。

Photo_2 

(かなり長いし、画像も入れたいので5回に分けて書きます。

今回はゲストの姜徳相氏の生い立ち等の井戸端会議です。)

ゲスト:元一橋大学社会学部教授で現滋賀県立大学名誉教授で歴史学者の、
在日韓人歴史資料館館長の姜徳相(カン・ドクサン)氏

(関東大震災といえば姜徳相先生。二歳で渡日と紹介).

.

淑玉「姜先生・・・一世??でらしたんですね。」

姜徳相「いえ、一世ではなんいです。向こうで生まれたと言う点ではね、二世です。ただ二歳で来てるでしょ。ですからふるさとの山だとか川だとか友達だとかそういうの一切ないんです。(ただ生まれただけ!?)そうです。私は東京渋谷育ち。そういうことです。」

淑玉私も渋谷生まれ!(笑)。そうすると出産の為だけに韓国に戻ったのではなくて、産まれてすぐこちらに来たと!?」

姜徳相「そうです。1932年生まれですから、34年の12月にこっちに来てるんです。」

永六輔「(自分も)33年。同世代」

淑玉歴史学者としてもたくさんの著書がありますが、姜先生は日本の戦前・・・在日としての、あっ自分は在日なんだと、認識したのはいつ頃の事なんですか?」

姜徳相「もう、私のうちはクズ屋ですから、・・・親方がいてね。うちの親父は親方なんですが、下に(??)がいてこれみんな同胞です。ですから周りの人と違うんです。クズの山がこうありますしね。隠しようがないですね。だからずっと最初から違うと認識は持っていたと思います。」

淑玉「お父さんとお母さんは日本語はどんな感じだったんですか?」

姜徳相お袋は、日本語は出来ません。もう死ぬまで朝鮮丸出しの日本語でした。親父はね、外へ出て色々やるでしょ。ですからもう全然朝鮮訛りがありません。これはなかなか立派なもんです。」

淑玉「先輩世代で、日本の大学の教授になられるって事は、在日にとっては、物凄いキラ星のようなもので、その時に勉強したり学ぶって事は、姜先生の世代ってのはもう本当に難しかったですよね。勉強好きだったんですか?(笑)」

姜徳相「特に歴史ってのは、やっても何も就職とかね結びつかない。ですから私が歴史を学んだっていうのは、子供の頃は歴史、大っ嫌いなんです。どうしてかっていうと必ず神武皇后・豊臣秀吉、日清戦争の樋口、・・・広瀬中佐ね(この辺の名前合ってますかね^^;)そんなものが出てきて、その下には必ず朝鮮があるわけです

だから加藤清正が虎退治っていうと、クラスのやつが皆見るんですよね。こう小さくなっていましたね。だから早く過ぎれば良いなって。で、あの頃の教科書、神武天皇のおじいさんだったか・・・雲の上に乗っているんです。先生に何で雲の上に落ちないんですかと聞きに行って物凄く怒られた。職員室へね(笑)。そういう事があって歴史は好きじゃなかった。

歴史をやるようになって、これ、いつから始まったのかなって事を調べてね、二年前ぐらいに、錦絵に出てくる朝鮮で、神武皇后から始まるんですね。加藤清正の虎退治。 幕末明治にこういう考えが完成したんだなと。そういうことを本に書きましたけどね。それはあの時の非常に嫌な思いってのがあって、集め出したらそういう傾向がきちっと出てくるもんでね、面白かったと思います。」

中山千夏「お年頃からすると戦争が終わった時が(13歳)13歳ですか。それまでの学校っていうものはもう本当に、本当に嫌な教育の、ね。」

姜徳相「遊んでも、腕力は強かったですよ。ケンカでは勝つんです。口も達者でしたからね。だけど最後に『朝鮮人野郎!』で終わりです。もう勝負あった。」

中山千夏「絶対的なカードなのねー。」

永六輔「同世代の日本人としてうかがうんですけど、学童疎開はどうなさってたんですか?」

姜徳相「私はね、自分で疎開したんです。東京空襲があったでしょ。三月十日。四月の空襲のすぐ後に宮城県に疎開しました。集団疎開じゃないです。縁故疎開。」

淑玉「集団疎開と縁故疎開の違いはなんですか?」

永六輔「集団疎開は文部省が立派な大人になって戦争に参加できるように、学校ごと」
中山千夏「クラスの友達全員が一緒に。」

姜徳相「それは、小学生、、、私は中学生でしたから。中学一年から二年にかけて」「動員もしました。軍事工場じゃなくてね、二年ですからね、田舎でやったのは開墾。畑を耕して。」

永六輔「僕らの近くの被差別部落と朝鮮の人達は学童疎開に参加出来なかった。」

朴慶南「えー、そこに区切りとか差別とかあったわけですか」
姜徳相「うん、あった」

淑玉「当時、周りには同じ在日の同胞はおりました!?」

姜徳相「はい、いました。女の子でしたけどね。私は二組であの子は四組なんですけどね。
で、金玉子(キムオッチャ)って言うんです。玉子(たまこ)さん。で、ガキどもが名前をね、キンタマキンタマってね。いじめるんですね。本名だったんです。その子はね。

私はね三年の時に創氏改名した。『神農』の名前に変わって、だけど日本名に変わったけど、下の方の『徳相(トクソウ)』はね、変わらないんですよ。だから神農 徳相(シンノウ・トクソウ)ってのはね、担任が変わったりね、課外の音楽の先生とかね分かんない先生来るでしょ。出席簿見ると、まず名前の変な異常さに気がついてオマエどっから来たんだと。」

朴慶南「神農はなんで!?」
中山千夏「中国の神様ですよね~」

姜徳相「神様の農ですね。姜氏はね元々族譜を見ますと、『神農しセイはキョウなり』というアレがあるんです。でそこから来たんです。で姜は大概、神農になるか、大山、神田。」

朴慶南「大体この苗字は、金なら金田とか、朴は新井とかね。なにか共通性があるんですよねぇ」

淑玉私は辛だからシンさんシンさんで、新山になるんですよねぇ(笑)」

ここまでが序章です。最初の「二歳で渡日」って聞き慣れない日本語でした。学童疎開と縁故疎開の違い、私も知りませんでした^^;

確かに昔は、酷い差別があったかも知れません。うちの親も結構言う方で、子供の頃はそれがすごい嫌でした。

私は、この在日の人の話に限らず、戦時中の話とか戦後の生活の話とか興味があります。当時の苦労は現代に生きる私たちには想像もできませんからね。

つづく・・・

sun次の記事は「在日韓人歴史資料館」内の様子と解説です。戦時中・後の朝鮮人の生活。炭鉱事故の事、関東大震災の時の事件、創氏改名などのレポートです。

◆レギュラー出演者 (順不同、敬称略)
辛  淑玉(シン・スゴ)  人材育成コンサルタント
中山 千夏       作家
永  六輔       放送作家
朴  慶南(パク・キョンナム) エッセイスト
境分 万純(サコウ・マスミ)  ジャーナリスト
山根 春美         フラワー作家
         
◆ゲスト出演者        在日韓人歴史資料館館長 姜徳相
  

<韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その2 【痛快!おんな組】

『在日韓人歴史資料館内の映像』と姜徳相氏によるの説明です。(地名がよく分からないのでカタカナにしてあります^^;)

001 「ここは船ですね。

最初の頃に出航していた船ですね。済州島と大阪の間を往来した船です。

君が代丸って言います。航路は下関からレイスイ。博多からレイスイ。1920年代。

1910年から朝鮮は日本領になるんです。

それで、総督府という植民地としての地位になって、まあ従属した形です。

ですからその間に、朝鮮から日本に労働者として移動してくる。

あるいは戦争中には炭鉱などに強制的に労務動員される。そういう形で在日っていうのは作られているっていうことですね。」

.

014 「これ、大変面白い。

朝鮮の北の方のタンゲってとこなんですけどね。

ここからこうーー来て、東京までの汽車の切符です。42年ですね。

昭和で言うと16年ですか。17年ですか。で値段がね、39円55銭。今の貨幣価値にして・・・、

あの頃、普通のサラリーマンの月給にして50円あったかなかったかじゃないですかね。」.

.

.

003 「これはね、炭鉱ってのはすごく劣悪な労働条件ですね。保安施設も非常に貧しいわけです。

これは宇部っていう山口県の炭鉱で海底炭鉱なんです。海の下に石炭山があるんですね。

だから、陥没しちゃったんです。海が。海水がワッと入ってきてここの人は全滅をしたんです。

ところがこの鉱山はこの人たちを水をかき出して死体を取り出すと物凄く金が掛かるわけです。で、この山はもう駄目なんだ。だから埋めちゃった。

ですからここに居た数百人の人はまだ骨も回収されない。そのまま。その時の賃金の支払い票とか、その後の色んな捜査が行われているということですね。まだ死体はこの中にある。骨も回収されてないですね。そういうのが宇部の炭鉱の話で、大変に有名な話です。」

004 「これはね、1930年代の、多摩川の砂利採取の労働現場です。

そして今でも多摩川の川っ淵、チョウス、シチュウ、イナダ、ノボリト、南武線のツタヤマ、

あの辺は朝鮮人はとてもたくさんいます

その砂利採取をした人たちがあそこに定着した、それの子孫なんですね。」

「で、これ一日30銭で働いて。で、生活はというと極貧です。多摩川の川べりにあった彼らの住居です。」

.

.

005 「これがね、当時の・・・朝鮮人には家、貸さないんですよ。

ですからやむなくね、こういう河川敷だとか、こういう基地を占拠して自分で家を建てる。

これは朝鮮式のオンドルです。これ炊き口ですね。円筒が向こうに通ってて、これオンドル小屋です。こういう家を建てました。

で実際に私もこういうとこに泊まった事がありますから。

戦後暫くまで残っていたとこです。そこにはまさにこういう朝鮮性そのものの生活、が残っていた所です。」

.

.

007 「・・・これね、金持ちのおまるです。

これ貧乏人のです。

日本の住宅で、

なんでおまるが必要かと思うでしょ。

それはね、これで分かるんです。」

.

.

.

.

006 「これは、東京の朝鮮人部落です。

これはさっき言った砂利採集ですね。

でこれは豊島区・・今のカナメ町の辺りです。西武線が通ってます。これです。

池袋から次の駅の間に昔はあったんですね。これ見るとね、おまるが必需品って分かるんです。

トイレと水道がないんですよ。全体の中に一箇所か二箇所しかないんですね。

そうするとやっぱり夜は危険だから、トイレに行けない。そういうことが珍しくなかったです。

だからどうしても、これが必需品だったということが分かりますね。」.

.

009_2在日朝鮮人にとっては、忘れることの出来ない、すべてある面でトラウマと言っていいと思いますね。

関東震災です。

もう日本政府は当時の偶然的なことで、

一部日本人自警団がやったんだということで蓋をしちゃってますが、実際そうじゃないですね。

戒厳令を軍隊がしいて、朝鮮人が暴動を起こしてると。・・・軍隊が真っ先に出て行くんです。そして警察がその軍隊を道案内して朝鮮人虐殺をする。

それに自警団が俺の町は俺たちが守ろうと言うんで、軍隊や警察に協力すると、そういう形での官民一体の形での体制が出来ている。これが真実です。これ軍隊ですよね。これは警官ですよ。警官は後ろで手縛って連れて来てますよね。そして自警団が日本刀や槍あるいは、とび口これでこういう風に殺している。民衆はこうやって見ている。

恐らくこれ隅田川なんです。エイタイバシの辺りには官憲の記録がちゃんと残っています。朝鮮人を殺したっていうね。多分そうだろうと思います。」

010これは戦争中の日本人になれ。

郷に入っては郷に従えと、

日本風の生活をしろということを教え込んだ

協和会

これ大阪本部です。」

.

.

.

.

011 「これがね、創氏改名の通信簿で、ちょっと話題になった資料です。

これ見るとね、昭和15年度です。創氏改名なった年、1940年。そして、この人は3年なんですね。

で、3年の時の通信簿、一学期はイ・モヨン、二学期は武田茂と、本名が消されて日本名になるんですね。

で、創氏改名が日本でなされていると。私の記憶と全く同じです。

私もこの人と同学年で、3年の時に二学期に担任の先生に教壇に呼ばれて、みんなの前に・・・こう言いましたよ『キョウ君は今日から神農に替わったから、みんなそのように心得て』そう言ったのハッキリ覚えてますよ。で、友達たちはアイツ養子に行ったのかなぁと思ったそうです。」

「これが1945年までの状況です。で、この虐殺の問題に関しては、未だに日本政府は一言も調査もしないし、謝罪もしないし、もう頬かむりした状況のままです。

そして、在日が・・よく朝鮮人怖いと言う人いますね。それはね、この時の流言蜚語からなんです。朝鮮人が爆弾投げた。火をつけた。強姦したというね

これがね間違いだと言うことを日本政府、言ってないんですよ。未だに。あのやっぱりきちっとね間違ったことをやったならやったと、歴史の汚名の回復って言うんでしょうか、歴史的な濡れ衣を・・・きちっとしてくれないと困るなという感じがしております。」

歴史資料館内の説明はここまで。

・‥…━━━・‥…━━━・‥…━━━

在日の人の生活と主張は、よく分かりました。

で、関東大震災時の朝鮮人虐殺数について、当時の政府(司法省)の調査では233人吉野作造の調査では2711人、最も犠牲者を多く見積もる立場からは6415人(「独立新聞」社長の金承学の調査)と幅が見られ、(ウィキペディアより)韓国の教科書では、多い数をとっているそうです。

あの当時、閉鎖された中で、こんな情報がもたらされたら、皆パニックになるのではないでしょうか。downwardleft

朝鮮人が暴徒となって放火していると伝える大阪朝日新聞(大正12年9月3日号外)
殺された罪のない朝鮮人は、気の毒ですが、平時でない未曾有の大災害後のことで、全てが遮断された中で起きたこれを、謝罪しろというのは、ちょっと・・・
.
だって、阪神大震災のときなんか、外国人との大トラブルなんて無かったわけだし、不幸が重なってしまったのだと思います。
それと、「朝鮮人怖い。」が、その時の流言蜚語からだと、私は思いません。
だって、私、この事件も姜徳相氏の説明もほとんど知識としてなく^^;、最近の事件報道の韓国人犯罪を見て、特に思うようになったわけで、昔のことは関係ありません。
.
共存するなら、お互いをもっと尊重し、許すところは許さないと、絶対に無理だとますます思いました。
次のレポートで触れてますが、姜徳相氏は政府の陰謀説みたいに言ってます。
つづく・・・

<韓国特集> 「在日コリアンの100年」 その3 【痛快!おんな組】

一旦スタジオへの井戸端会議に戻る。-

001 中山千夏「これ、去年お出しになった本ですね。写真で見る在日コリアンの100年(来年がね丁度100年になる)

さっき、ちらっと見せていただいて、凄くビジュアルのとってもいい感じの本」

朴慶南「資料もね、今発掘したり集めたり、残して行ってる。」

中山千夏「貴重な資料がいっぱい載ってますねぇ。」

朴慶南力道山も写ってますね。」

中山千夏「あたしが子供の頃、、懐かしいですよ。」

姜徳相玉の海も載ってます。」

淑玉外国人初の力士、横綱っていわれるといつも曙とかが出てくるけど、本当は玉の海

朴慶南「だから、力道山も朝鮮人であることを、、最近は慣れているけど、当時はタブーでしたもんね。日本人のヒーローになってたもんね。」

姜徳相玉の海は自分では最後まで隠してましたけどね。お兄さんがね、韓国で「ヤクザと横綱」って本を出したんです。それで自分の弟のこと書いて、だからこれはまぁいいだろうと言うことで出したわけです。」

淑玉「あの私、日本各地に仕事に行くと、男女共同参画なんかに行ってもですね、高齢の男性がポツッと座っている時があるんですよ。全く会場にそぐわない人が会場に来ているんですね。100%在日の先輩

それで、終わってから大体皆親戚だって言って来てくれるのね。まぁそんなもんですよ。それでね、今でも記憶に残っているんですけど、名古屋の駅をねあれを、あれを建てたのは私達だって、言ったのね。で、つまり枕木一本朝鮮人って言われてて、いろんなとこのね、小さな村に行っても、女性の色んな講演会なんだけど、お爺さんが来てるっていうと、もう在日の先輩なんですよね。」

中山千夏「主題のね、関東大震災の時の話をお聞きしたいんですけど、私驚いちゃうのはね、驚いちゃうって言うよりこれは考え違いかなってお話聞いて思うのは、一番デマの恐ろしい例としてね、

民間にデマが飛んで、それが大事引き起こす一番良い例という風に何となく思ってきたわけですよ。それで限りなく軍隊が果たした役割とか政府の意図があったというようなことは、我々知らなかったんですね。そうなんですか!?

朴慶南資料を姜先生が発掘されてその辺を明らかにされてるんですよね。」

姜徳相これまだ、私の考えですけどね、みんながそれをそうだと言っているわけでは無いんですが

流言蜚語ってのは、出方はね、日本人の朝鮮人に対する差別的な感情、これみんな持っていたんで、それがこうあの時の朝鮮人、爆弾投げるぞという形で出たんで、民間から出たんで、それを警察がキャッチしてやったんだと。(それが一般に・・・)

だけどね、実際はそうじゃない。まだあの頃ね、朝鮮人、東京付近関東一円に二万人くらいしかいませんでした。で、皆、労働現場です。ハンバにいる、そういう季節労働者が多いんです。

ですから、今のように隣に朝鮮人が住んでいる。隣の朝鮮人の生活が臭くてしょうがないとかね、そういうアレがあまりないんです。まだこの頃は。
ですから、一般の人が、色々聞いたり読んだりそういうことでは知っていますが、朝鮮人そのものをあまり認識していないんです。」

中山千夏「あーー、反感を持つほどにも親しんでいないという、、」

姜徳相「ですから、それよりもっとね、朝鮮人は怖いぞという認識を持った官憲がいるわけです。それを商売にしている。

それは何かというと、やっぱり朝鮮の併合あるいは朝鮮の併合過程までに、日本という国家がかなり酷いことやっていますよ。朝鮮に。まぁ実際私は宣戦布告無き戦争と言っていますが、何人も殺しているんです。

だから朝鮮人が日本国家に反感を持っているっていうことは、彼らは十分よく知っているわけです。だから警戒をする。注意をしてる。日本に朝鮮人が来るとそれを視察する。管理するということを商売としてる人がおるわけです。恐らく私はそこから来ていると思うんです。

ですから、地震で権力がガタ落ちするでしょ。警察力は40%になりますよね。で、治安の維持が出来なくなるこうなった時に、まず彼らは何を考えたかって言うとあそこの朝鮮人気をつけろと必ずそう言うはずです。」

淑玉「丁度その前に3.1の独立運動がありましたからね。その意味で社会をコントロールする危機感を持ったということですね。」

姜徳相「ええ、3.1以後、ある面では朝鮮の独立運動と日本の軍隊とが直接こうやっているわけです。満州やシベリアでね。ですから、満州、シベリア帰りはみんなそういう経験しているわけです。朝鮮、怖いというね。

ですから、恐らくそういうものを複合したかたちで、戒厳令がまず出されるでしょ。戒厳令ってのは、軍隊が最高の権力を持った時です。ですから、剣付き鉄砲を持った兵隊が、街角に立っているときに、大っぴらに殺人事件があるわけでしょ。それがだめだって言うのが良民で殺すなって言うんだったら軍隊がやめろと、やれば自警団ハハァーとかしこまりますよ。それは。」

中山千夏「そうですよね。戒厳っていうんだから、みんなちゃんとしろって事ですから、人殺しがあったらやめろって言うのが普通ですよね。」

姜徳相「だから、逆なんですよね。軍隊が率先してやっていて自警団が民兵として協力するそういう形です実際は。」

永六輔「あのーお話うかがっているとよく分かるんですけど、最後に謝ってないって日本人が。謝ってない前に知ってないんですよね。

資料館があることは大事なんですが、知ってないって事についてひとつと、伊藤博文良いと思うの。僕らの世代でいうと。あの事件、、それはどういう風に思います!?」

淑玉アンジュングンのですね。」

姜徳相「私はやはりアンジュングンがやったテロをした。伊藤博文を殺した。こういうこというと不謹慎かもわかりませんけどね、自分の生存権をね、奪われた人間ってのはね、怖いですよ。だからもう何をしても良いというね。もう最後の行き場が無いですから。アンジュングンってのはそういう事だと思うんですね。

彼があん時に言ったのは、自分は朝鮮の義兵という、日本に抗議する軍隊です義兵中将という資格で伊藤をやったんだと言ってますね。ですから単なる武器を持って人を殺すというそういう人殺しではない。と思いますね。」

姜徳相「絵葉書を見つけたんです。五枚綴りのね。これ何かというとね、アンジュングンの、、今アンジュングン記念館、ソウルにありますよね。それがね植民地時代、総督府なんかが博文寺という寺を造っていたんです。(へぇーー)寺を造ってね伊藤博文をお奉りをしてた。ところが戦争が終わるとアンジュングンの記念館になった。建物良く似てますよ。同じですよ。

だからさっき言った民族の英雄。それから明治の元勲って言うね、博文とアンジュングン記念館とそこでも繋がってるんですね。最近それ見つけましたね、あっこういうものがあったと、ビックリしましたけど。」

淑玉「日本で伊藤博文さんのね、事紹介される時に、テロリスト、アンジュングンって紹介される。そして韓国では民族の英雄っていう形で評価されると。

で、どちらにしても非常に悲しいことですよね。であと、思ったんですけど、先ほどの関東大震災にしてもそうなんですが、danger韓国政府とか韓国の社会自身も、在日の戦前戦後の歴史って言うのは知らないですよね。」

淑玉danger知らないっていうより知ろうとしないんですよね。」

朴慶南関心が無いんですよね。もう全く。もう無いもののように思ってるんですよ。」

002永六輔「資料館、ご案内くださいましたよね。

あの画面見てると日本語が多いんですけど、

あの資料館は両方にもちろん行って欲しいんですけど、

日本人は相当マークしてるんです!?」

姜徳相「いえ、あれは三つ目的があります。

ひとつは在日の同胞たち三世四世になって、お爺さんお婆さんの時代を知らない人に来てもらって、匂いを嗅いで欲しいということ。

日本の方にはやはり、在日ってのは日本の社会で見えにくい社会でしょ。ですからここへ来ると隣に居た人はこういう食器も違ったし着る物も違ったそういう文化を持ってたんだという事をやっぱり見て欲しい。

そして日本の国際化ってのはどっから考えたら良いかっていうね、それをちょっと考えて欲しいという事。

もうひとつは韓国から年間日本に300万位、人が来ますよ。その人たちに寄ってもらって今韓国にもう無くなっているような物もこの在日の資料館にはあると。

そういうものでdanger自分たちとルーツを同じとする人間が日本にこれだけおるんだという存在を知って欲しいという。これ三つあります。」

淑玉「では戦後の在日はどうだったのかまた資料館の中を旅してみたいと思います。」

・‥…━━━・‥…━━━・‥…━━━

ウーーン・・・言いたことはいっぱいありますが、

まず、玉の海って人は、韓国系ハーフの日本人だったので、やっぱり曙が外国人初の横綱ということじゃないのかなぁ。 soon中央日報記事

姜徳相氏の意見は、確証があって言っている事ではないみたいですね。それに、テロリストが韓国では英雄って・・・変です!

あと、この淑玉氏は、「拉致は絶対にない。日本人はそれよりもっと酷いことをいっぱいした。」と昔、日本テレビのワイドショーで主張していたのを観たので、信用できません。

sun次は、戦後の民族教育、戸籍問題等のレポートです。

・・・つづく

そもそも、辛淑玉は、朝鮮・沖縄・アイヌは日本の被植民地連合として手を取り合って戦おうと言っているし右・・・

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水道橋博士が東京新聞のコラムでの佐藤優擁護をTwitterで書き込みしていたが、慰安婦騒動での橋下徹に対して敵前逃亡したのどうなの?http://twitter.com/s_hakase/status/824980953483186180 そして、辛淑玉が沖縄2紙で沖縄独立を叫んでいる事は、大手メディアは無視か。http://twitter.com/CatNewsAgency/status/825266592468525057

今晩は。 辛淑玉の奴が筋金入りの工作員である証拠を見かけたのでご紹介。

「CatNewsAgency 」様のツイッターより転載。
>>
https://twitter.com/CatNewsAgency/status/825275404772528128
CatNA ‏@CatNewsAgency · 3時間3時間前

沖縄独立を煽る「のりこえねっと」辛スゴのHP。本業は「人材育成・研修/講演」とのことだが、その内容はマイノリティや女性、ヘイトスピーチなど、「被害者」アピールのノウハウばかり。先日の記者会見で彼女が使った手口そのまま 。
ttp://shinsugok.com/hrd

<<

転載ここまで。

適当な罪状で逮捕して国外追放しても良い気がしますな。
共謀罪制定後に真っ先に逮捕してしまうのもアリかな。

こんばんわ。

こうやってみると、以前のさくらにゃんさんは単純な興味からウォッチャーをしていた感じが強いですね。しかしウォッチャーを続けていくうちに連中の本性に気付き、より多くを取り上げるようになった・・・とでも言えばいいんでしょうか^^;
まあさくらにゃんさんのようなブログ主の立場になれば、どうやっても「目覚め」ますよね・・・私は正直途中で嫌気がさしそうです(苦笑

●呆れた さん

>水道橋博士が東京新聞のコラムでの佐藤優擁護をTwitterで書き込みしていたが、慰安婦騒動での橋下徹に対して敵前逃亡したのどうなの?
そして、辛淑玉が沖縄2紙で沖縄独立を叫んでいる事は、大手メディアは無視か。

  水道橋博士、どこにでも首突っ込むなぁ、その筋への営業かな(苦笑)
辛淑玉は外国人だから、完全に内政干渉です。

●unknown_protcol さん
こんにちは。

>辛淑玉の奴が筋金入りの工作員である証拠を見かけたのでご紹介。

>>「CatNewsAgency 」様のツイッターより転載。
>>
沖縄独立を煽る「のりこえねっと」辛スゴのHP。本業は「人材育成・研修/講演」とのことだが、その内容はマイノリティや女性、ヘイトスピーチなど、「被害者」アピールのノウハウばかり。先日の記者会見で彼女が使った手口そのまま 。

<<

>適当な罪状で逮捕して国外追放しても良い気がしますな。
共謀罪制定後に真っ先に逮捕してしまうのもアリかな。

 この朝鮮女は、被害者ビジネスの総元締めですよね(呆)
テロで命を奪われるのを未然に防ぐ為の共謀罪を反対する意味が分かりません。
そもそも、優良外国人なら歓迎すべき法律かと。

● 水浸し さん
こんにちは。

>こうやってみると、以前のさくらにゃんさんは単純な興味からウォッチャーをしていた感じが強いですね。しかしウォッチャーを続けていくうちに連中の本性に気付き、より多くを取り上げるようになった・・・とでも言えばいいんでしょうか^^;
まあさくらにゃんさんのようなブログ主の立場になれば、どうやっても「目覚め」ますよね・・・私は正直途中で嫌気がさしそうです(苦笑

  ブログ始めたきっかけは、日本のテレビの麻生総理叩きが一方的過ぎておかしいなと思った事で、
そういう疑いの目を持ち出したら、自分の習った歴史も本当だろうか?と思い始めました。
 この番組はハッキリ言ってキツかったです。 書き起こす為に繰り返し見たし^^;
ただ、在日朝鮮人側の言い分も聞いて判断しようと思ったので、その都度気持ちをニュートラルにして。
でも彼らの自分勝手な解釈と、都合の良い言い分とに呆れ果て、完全に目覚めた気がします(笑) 

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